「初めまして」と、名刺を交換した際、目に入ったのはネイルアートされた美しい指先。建築家という職業から想像していた男性的なイメージは見事に粉砕された。
川村弥恵子さんが手掛けている住宅の建築現場を訪ねてみると、極端に細長い敷地。しかも、マンションや隣家が迫っていて、設計の苦労はさぞや、と思われた。川村さんにHPから依頼があったという建て主は、「この敷地、買ってもいいんでしょうか」と相談したそう。「実は、普通の人があまり価値を見いだしていない、住宅メーカーさんが手を出さないような土地は、個性的な敷地が多いんです。すごい三角形とか極端に細長いといった土地は比較的安価で購入できる上に、“これしかないね”というカタチの個性的で面白い家が建つんです」。川村さんは、にっこりとほほ笑む。
「建築の世界は、やってもやっても奥が深いですね。新規の物件と出会うたびに、建築の探求の部分と人とのコミュニケーションの部分それぞれのテーマが変わり時間がたつにつれて深まっていきます。少しずつ変化して、10年前に建てた物件と今建てている住宅とでは全く違う。次が見えてきてまた次と、変わるものなんですね。住宅建築は人間の最も幸せな側面と向き合える、いい仕事です」。
川村さんによると、仲の良い夫婦しか、こういう手間のかかる建て方はしないという。「建築家住宅は夫婦の一方が家づくりに参加せずに、買い物をするように建てられるような建て方ではありません。2週間に1度くらいの頻度で打ち合わせを重ね、現場でも一緒に考えたり選択したり、時にはテーブルを作ったり。一緒に住宅を造っているようなところがあって手間がかかるんです。そうすると、同じような価値観を持つ夫婦は“いいね、いいね”ということはあっても、“君に任せるよ”ということはありません。家づくりは、自分たちの財産を使って自分たちの人生を見据えてプログラミングするという、とても大切で貴重な機会なのです」。
川村さんには強く記憶に残っている家がある。
「10年ほど前、設計している最中に施主が末期がんで余命半年と告げられました。このような場合は仕事として成立しなくなるの一般的なのですが、どうしても自宅をという施主の希望で急きょ設計を変更して、予算も3分の2に減らし、工期も設計を入れて半年繰り上げることに。“家族くっついて暮らしたい”という施主の願いから、個室が見事に取り払われました。がん告知の前と後とでは、劇的にプランが変わりましたね。そして、完成した住宅の引き渡しの時ですが、なんと奇跡的にがんが消滅していたんです。引き渡しで施主と抱き合って号泣した、今でも忘れられない住宅です」
松島邸(MAGARIYA)
中庭を中心に台形状の変形敷地なりにコの字に折り曲げたプランが印象的な、60代のご夫婦がこれからを楽しむ家
松島邸(MAGARIYA)2
半田邸(EDGE HOUSE)
坂沿いの住宅地の端(EDGE)に位置する細長い三角形の敷地。さまざまな質の光を取り込み、隣接する豊かな自然を楽しむ住まい
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